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夜叉ケ池には、今庄側の岩谷登山口から入る。林道は舗装されている。「幽玄伝説 夜叉ケ池」と彫られた巨石と大桂、トイレそれに水場と夜叉竜神社の鳥居がある。沢を木橋で渡り、左に行く。折り返して登ると、沢を見下ろすほぼ水平の崖道を行くようになる。樹木も生えて高度感はないが、落ちればもちろん即死だろう。慎重に細道を辿った。三周ケ岳が時折姿を見せる。アルペン的というか、凄い急登だ。滝が出て来た。これが幽玄ノ滝だろうか。水量も十分で美しい。滝を巻くと、沢を木橋で渡る。やがて右手にトチの巨木が現れる。岩谷のトチノキで樹齢3千年、巨木の森百選にも選ばれている。
沢と別れ、九十九折の急登となる。オニアザミがドライフラワーのように枯れた花をいくつも付けていた。「池まで1500m」の標識が出たところで一本立てた。朝食をとることにする。小振のおにぎり3個を美味しく食べた。その後も500m毎に標識が現れ、励みになる。コシアブラの大木やツルリンドウの実を話題に、急な登りを着実にこなしていった。紅葉は始まったばかりのようだが、日差しがないためイマイチなのが残念だ。
500m標識の後、傾斜が緩むと、200m、100mと続けざまに標識が出て、木道が出てきた。サラサドウダンのような潅木に瑠璃色の大きい実がたくさん付いている。後に福井森林管理局の男性に聞くと、サワフタギだった。同じ潅木で黒い実がなっているのはタンナサワフタギだそうだ。隣の黒い実の木はイボタだそうな。それにしても美しい実だ。
夜叉ケ池には9時22分に着いた。夜叉竜神社がある。ここにも竜に身を捧げた夜叉姫伝説があるようだ。看板にはヤシャゲンゴロウが生息しているとあったが、見ることは叶わなかった。池は風のせいで波が高い。少し休んで、いよいよ三国岳に向かって出発する。木道で池を巻き、箱階段状を登ると、ワンピッチで三周ケ岳の分岐に出た。夜叉壁が見える。凄い迫力。壁に沿って細く急な登山道が切られているのが見えた。私たちは三国岳、右手の急坂を登るのだ。斜度30度を越えるのではないか。最初は瘠せた岩稜を急登する。左はスッパリと切れ落ちている。風も強い。両手両足を総動員して慎重に登った。帰りが怖いと思ったが、毛勝山と同じく一度経験すると案外楽だった。一投足でササの中を行くようになる。
夜叉ケ池山(P1)に登ると、全貌が見えた。左にもう一山、仮にP2と名付けたピークがある。そこから右にゆるやかに下って登り返したピークが本峰のようだった。二万五千図で見ると、さほどの高低差がないようだが、これが曲者だと思った。最初は低いが次第に背丈を越すササ薮を漕ぐようになる。道形はしっかりしており、ところどころ赤テープもあるので、迷う恐れはない。左の斜面の紅葉を楽しみながら行く。先頭は絶好調、どんどん先に進む。なかなか付いて行けない。緩く下って緩く登り返すと、P2だった。展望はないが、三角点標石状のものがある。標識が下がっているが、まったく判読できない。少し休むことにした。
P2からが長かった。緩やかに下り、ここが最低鞍部かと思ったが、さらに小さな登りと下りがあった。咲き残りのガクアジサイが咲いている。淡い色が美しい。下りきったところに小沢がある。跳んで渡るが、ズボッとはまってしまった。登山靴は泥だらけ。しかし藪漕ぎのうちにきれいになっていた。
三国岳には11時22分に着いた。山頂部だけ刈払いされて10人ほど座れるスペースがある。周りはササ薮だ。山頂標識があるが、一等三角点標石はない。二万五千図を開くと、山頂部に三角点マークがない頂で、800mほど先に印があった。ここから先は道形がない。藪を漕いで行くのはつらいので潔く諦めることにした。
三国岳は越前、美濃、近江の三国の国境があるので、この名が付けられた。付近に三国の付く山がいくつかあるが、難峰のうちにあるといっても差支えはないだろう。今日は家に帰らなければならない。先が長いので、早々に山頂を辞することにした。出発は12時5分。P2、P1を忠実に戻る。分岐への下りで紅葉を楽しんだ。登りの時よりも一段と紅葉が進んで見える。真下に見下ろす夜叉ケ池にも紅葉が映って美しい。砂浜の縁取りもいい。急崖をクリアして夜叉ケ池に戻ったのは、13時44分だった。池に映る紅葉を愛でる。
夜叉ケ池からは一気に下った。クロモジやブナ、カエデ、ウルシなどの素晴らしい黄紅葉を楽しみつつ下る。上から見るからだろうし、日差しも出てきたからだろう。朝とは様変わりだった。1500m標識で一本立てた後は、休まず歩いた。駐車場に着いたのは15時35分。なんと8時間24分もかかってしまった。きつい山だった。山と渓谷社の「岐阜県の山」には三周と三国の両方を回って6時間とあるそうだが、これは何かの間違いではないか。山を走って登る人のタイムのように思えた。
(記 山本 進吾)
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