第25回深田祭と
      生誕100年記念に植樹した銀杏のその後

                              (作成日 2006年5月5日)
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村瀬会長挨拶

深田祭・献酒と献花

茅ケ岳9合目近くの碑
(2002年4月撮影)

現在の銀杏の木
 
2003年4月植樹時
の銀杏の苗木

植樹時の面々

 深田久弥を偲ぶ第25回深田祭が、4月16日(日)の午後2時から韮崎市穂坂町柳平の、茅ケ岳山麓にある深田公園で開かれた。当深田祭は韮崎市観光協会と地元山岳会・白鳳会などにより毎年開かれている。

 朝方は雪もちらつく空模様であったが、次第に回復してちょうど良い登山日和になった。大久保、秋元両会員は韮崎駅発8時半の送迎バスで会場へ行き、深田祭の受付を済ませてすぐ9時20分に茅ケ岳へ記念登山を開始した。ゆっくりのんびり登る。9合目近くで久弥終焉の地の碑に丁寧に詣でた。この石柱は、1971年3月21日久弥がこの地点で倒れた時の同行者の1人である甲府市の故山村正光が、古希の記念に建立されたもの。

 茅が岳山頂に11時45分に着く。周辺の樹木はきれいに刈られ展望が良くなっていた。天気予報は雨だったにもかかわらず、南アルプス・鳳凰三山と八ヶ岳の広大な裾野が眼前に大きく展開し、まずまずの天気だった。山頂から展望を楽しんだ後、千本木桜コースを下る。尾根上の唐松林の新緑などに春を満喫しつつ、深田公園に1時半にもどり、2時からの深田祭の式典に参加した。
 白鳳会秋山会長や韮崎市教育委員長の挨拶、日本山岳会山梨支部会員の記念講演が行われた。村瀬新会長は挨拶の中で、久弥の作詞した校歌を例に久弥が愛した白山を紹介された。

 「百の頂に百の喜びあり」と、久弥の言葉が刻まれた大きな記念碑に献酒・献花し、最後に恒例の「青い山脈」を合唱して式典は終わった。当クラブから村瀬会長、大久保会員、地元の里見会員、秋元会員の4名参加した。

●深田久弥の生誕百年記念に植樹した銀杏のその後
 生誕百年にあたる2003年の第22回深田祭(4月20日)のメインイベントとして、韮崎市長も参加されて、深田記念公園に銀杏の苗木が植樹された。

 銀杏苗木の植樹は鴨下会員の発案によるもので、苗木も同会員が、久弥が学んだ東大構内文学部の近くの銀杏の実から発芽させて育てられたもの。白樺の木柱は韮崎市の方で準備された。また、病気のため植樹祭に参加できなかった故前田淑江会員から、若干のご寄付をいただいた。
 深田祭の頃の銀杏はまだ新芽だが、苗木は随分伸びていた。大きく育ち碑と共に深田公園のシンボルとなるのが楽しみである。(作成者 大久保、村瀬、吉田)

 ◎苗木の傍の白樺の木柱には、下記の文言が縦書で記されている。
      表側  深田久弥生誕百年記念植樹
     裏側  久弥が学んだ東京大学文学部傍の銀杏
         二〇〇三年四月二〇日 深田クラブ有志、深田祭実行委員会